「味方」心書vol.58
「中途半端な味方を100人もつぐらいなら、
どんな時でも必ず手を差し伸べてくれる味方を1人もつ方が良いと思いませんか?」
中間管理職になって、人間関係に悩んでいた私に
当時の上司がかけてくれた言葉だ。
その頃の私は自分のキャラクターを否定的に考え、
できるだけ目立たないように、
今までなら意見したり行動したりしていたこともしないようにしていた。
『敵を(これ以上)つくりたくない。』
と強く思っていたからだ。
何をしても、どうしても目立ってしまうことが嫌で、
またそのことを言われることはもっと嫌だった。
「今までの◯◯さんのファンは困惑していると思いますよ。
全員から好かれることは無理です。
何をしても言う人はいます。
そんな人達を意識するより、今まで通りの◯◯さんでいた方が良いと思います。」
と言われた後に最初の言葉を頂いた。
先日、新人と出かけた時に彼から
「◯◯さんが羨ましい。」
と言われた。
私はよく外出先で見かけられるらしい。
見かけられるらしいという表現になるのは
私は私以外の人がどれぐらいの頻度で見かけられるか
分からないからだ。
最近、1年以内で1番びっくりしたことは
福山駅で上司と一緒のところを見かけられていたことだ。
他にも、同じ人と同じ日に大阪と奈良でバッタリ会ったこともある。
新人曰く、
「◯◯さんって身長が低いのもあるので、
シルエットにも特徴がありますし、
何より声が目立ちます。
だから気付かれやすいですし、
◯◯さんも相手に気付くでしょ?
だから、話しかけられるんですよ。」
とのことだった。
反対に新人は全く話しかけられないし、
自分が相手に気付いたとしても、
相手は自分に気付いてくれないことがほとんどだそうで、
「◯◯さんみたいに目立ちたいです。」
と言われた。
そんな新人が違う日に
「僕は無駄に敵はつくりたくないんです。
無難にやるのが良いと思っています。」
と話していたことが気になり、
昨日の同行時に、私がかけて頂いた言葉について話した。
もちろん、
「私だって無駄に敵なんてつくりたくないし、
つくるつもりもないし、誰からも嫌われたくないよ。」
と話してから、言葉を続けた。
「嫌われたくないから、敵をつくりたくないから、
自分の意見を言わないなら、
▲▲くんのファンも出来ないかもしれないよ。」
新人なりに言葉を受け止めてくれたらしく、
「確かに中途半端な味方って結局は大事な時には逃げますもんね。」
という言葉が返ってきた。
新人曰く、まだまだ自分は未熟だから、
目立ちたいけど、嫌われたくないんだそうだ。
彼にとって何か考えるきっかけになれば良いなと思う。
「仕事のパレート」心書vol.57
〝事の軽重を知る。
それが、タイムマネジメントの本質だ。〝
出典:『働く君に贈る25の言葉』
著者:佐々木常夫 advice12
〝「その人の抱えている仕事量全体の2割の重要な仕事をやれば、求められている成果の8割を達成したことになる」ということです。〝
出典、著者:同上 P.94
仕事のパレートの法則について書かれていた。
私も中間管理職になり、自分に求められている仕事について
今まで以上に考えるようになった。
あまりにたくさんの荷物を抱えていると
本当に動かないといけない時に俊敏な動きができないことがある。
会社からは今抱えている荷物を軽くするように言われているが、
なかなか思うようにはいかない。
そんな時、お取引先の方から
「若手の営業マンに何か本を薦めたいのだけど、おススメない?」
とご質問頂き、久しぶりに本棚の整理をした。
その中でいくつか心に残るものがあった。
その1つが〝仕事のパレート〝だ。
1月末から自分自身の環境が変わったこと、
また、予算作成や価格改定の対応で早朝出勤が続いていたこと、
隣の部署の事務員さんが休職することになったことなど
様々な要因が重なったことも大きく、
時間は有限だと感じた。
「昨日、帰り道に女子高生を見かけた。
大人っぽいメイクをしていたけど、
どう見ても女子高生だった。
『あぁ、俺はおっさんやと思われているやろうな。
でも、◯◯さんはどうなんやろうか?』
と、ふと思ってん。
そんなことを考える年齢に◯◯さんもなったんやと思ったんやけど、
つまりは無理しないで欲しい。
倒れられたら困るから。」
ある朝、部下に言われた言葉だ。
そんなこんなで、昨日で早朝出勤はひと段落した。
限られた時間の中で、自分の力を最大限活かせるように心掛けたい。
「きっかけ」心書vol.56
「日本のスポーツ選手は自分自身やチームの成績しか気にしていない。
例えば、そのスポーツ全体のことを気にしている選手は少ない。
それはある意味、資本主義が定着しているからであり、
そこが日本のスポーツの弱点だったりする。
お金持ちが1番偉いという世の中だと
みんな、自分が誰よりもお金を稼ぐことに必死になるので、
世の中全体のことを考える人は少なくなる。
日本はその傾向が強いと他の国の人達からしたら思われているみたい。
稼いだお金を寄付するという方法は過去のものになり、
経験や知識を寄付するという世の中に世界はどんどん変わっている。
日本もどんどん変わっていかないと置いていかれてしまうね。」
今日のレッスンの際、ゴルフのコーチが参加しているコミュニティで話題になった話をして下さった。
その話を聞いて、わたしはコロナと資本主義の話を思い出した。
先日仕事の関係で参加したセミナーでの話だ。
コロナは資本主義に対する問いかけだという話があった。
「例えば、共産主義国家は国民は国家のためにということが根付いており、
いち早くコロナを終息させ、経済回復できてきている。
しかし、資本主義国家はどうだろうか?
クラスターが起きるから大人数で集まらないようにと言われているのに、
ヨーロッパではコロナ対策に対するデモが起きていたりする。
1人1人の自由が認められているからこそ、
1人1人の良心やモラルに様々なことが委ねられている。
結果、なかなかコロナを終息できずにいる。
これは資本主義に対する挑戦だ。」
「〝コロナ〝というウィルスをきっかけに
当たり前だったことが本当にそれで良いのか?って問われているよね。」
とコーチは話していた。
まだまだ終息するまでは遠いように思えるが、
今までの日常を考えるきっかけだったと捉えたい。
「アウシュヴィッツ=ビルケナウ」心書vol.55
エジプトへボランティアに行く前、
幼馴染を訪ねるため、ポーランドへ1週間ほど行った。
特にどこか観光地へ行きたいという気持ちはなかったが、
唯一、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所だけは行ってみたかった。
幼馴染から行きたい場所を聞かれた時に、
〝アウシュヴィッツ〝と答えたら、
「ごめん。
あそこはすごい暗い気持ちになるから、
◯◯、1人で行ける?」
と言われたので、1人で行った。
行く直前まで、幼馴染から
「本当に1人で大丈夫?」
と何度も聞かれたが、せっかくポーランドへ来たのに
アウシュヴィッツへ行かないという選択肢はわたしにはなかった。
アウシュヴィッツへ着くとすごい行列で、
観光地としてとても人気な場所だとわかった。
チケットを購入するために並んでいると日本語が聞こえてきた。
大学の研修で来た学生たちのようだった。
博物館の外で並んでいた時は賑やかだったが
博物館の中へ入るとみんな静かになった。
実際にご遺体から回収されたメガネや靴、髪の毛などが展示されており、
賑やかにお喋りする雰囲気ではなかった。
個人的に1番衝撃だったのは、
人間石鹸と呼ばれる人間の脂肪から作られた石鹸の展示だった。
(しかし、改めて調べてみると人間石鹸がつくられたという証拠はないとのこと。)
アウシュヴィッツ見学の後は
第2のアウシュヴィッツと呼ばれるビルケナウ収容所も訪問。
こんな酷いことが出来てしまうのも人間であり、
夜行列車で出会った車掌さんのように
他人を助けることが出来るのもまた人間だと改めて思った。
〝負の遺産〝と呼ばれる場所へアウシュヴィッツ以外にも訪れたことがあるが、
人間には恐ろしい面があることを忘れないため、
またそういったことが再び起きないようにするためにも
気持ちは暗くなるが訪れる意味はあると思っている。
「記念日」心書vol.53
「◯◯の誕生日っていつ?」
新卒で入社した会社の上司が変わった際、最初に聞かれた質問だ。
私「▲月▲日ですが、何かありましたでしょうか?」
上司「いや、誕生日ぐらいは早く帰りたいかなぁと思って。」
上司は結婚している先輩には結婚記念日も確認し、メモしていた。
今週、部下の1人の誕生日だった。
昨年まではイベント好きな彼女の誕生日にあわせて、
ガレット・デ・ロワを取り寄せ、みんなで楽しく食べた。
今年はコロナの影響でガレット・デ・ロワの取り寄せはやめ、
彼女の好きなキャラメルフラペチーノをスターバックス で買い、手渡した。
「このメンバーで、この支店で働かせてもらえていることがとても嬉しいし、自慢です。明日からまた頑張ります。」
と、夜にLINEをもらった。
それから3日後、課長が朝からケーキの話をしてきた。
「やってしまってん。
昨日、結婚記念日やった。
帰宅したら嫁から「今日は何の日?」って聞かれて思い出した。」
と言い、今日こそは必ずケーキを買って帰るとのことだった。
そうだった。
『上司は結婚記念日もメモしていた!』
と思い出した。
私こそやってしまった。
来年こそは課長を上手くアシストできると思う。
「トマトのマハシー」心書vol.52
エジプトの家庭料理にマハシーと呼ばれるものがある。
味付きのご飯をぶどうの葉に包んだり、ピーマンやズッキーニの中に詰めた料理だ。
他のアラブの国ではひき肉を詰めることもあるみたいだ。
わたしは
「エジプト料理で何が好き?」
って聞かれたら、
「マハシー!」
と答えるぐらいマハシーが好きだ。
ある時、先輩ボランティアからトマトのマハシーがあると聞いた。
それがとても美味で、今まで食べたマハシーの中で1番美味しいとのことだった。
『食べてみたい!』
と思ったわたしはエジプト人の同僚にその話をした。
みんなから
「トマトのマハシーは難しいわ。
だって、◯◯もわかると思うけど、
エジプトで売られているトマトってどれも柔らかいでしょ?
だから、マハシーには向かないのよ。」
ということを言われた。
確かに、エジプトで売られているトマトは完熟のものがほとんどだ。
トマトの中に具を詰めるなんて出来そうにもない。
『食べてみたい。』
と思いつつ、時間だけが過ぎた。
ある日、エジプト人同僚の1人からお家ご飯に誘われた。
お家へお邪魔すると、なんとトマトのマハシーがあった。
「どうしたの?!」
と驚いて聞いたところ、
「◯◯が食べたがっていたから、
旦那にかたいトマトを探してもらっていたのよ。
そうしたら『これなら出来るかな?』っていうトマトが見つかったの。」
旦那さんにお礼を伝えたところ、すごく誇らしげに
「どういたしまして。
◯◯が喜んでくれて嬉しいよ。」
と言ってくれた。
初めて食べるトマトのマハシーはとても美味しかった。
何より同僚一家がわたしを喜ばせようと思ってくれた気持ちが嬉しかった。
結局、トマトのマハシーを食べれたのはその一度っきりだったが、
今もあの美味しさが忘れられない。